花見んとさすふね遅し柳原(芭蕉)
句碑が在ったんですが…
青モミジが綺麗です。
※社務所
|
応安二年の銘の有る
石造宝篋印塔
※応安(おうあん、(旧字体:應安)は、日本の南北朝時代の元号の一つ。
北朝方にて使用された。貞治の後、永和の前。
1368年から1375年までの期間を指す。
この時代の天皇は、北朝方が後光厳天皇、後円融天皇。南朝方が長慶天皇。
室町幕府将軍は足利義満。
(Wikipediaより)
|
※
|
社務所正面から~
※
|
平成元年の御大典記念
養父神社御神橋
※見下ろすモミジも綺麗です。
|
由緒記
※奉納馬
高岡製でしょうか?
|
大正13年
第一回冬季五輪が開かれた年ですね。
阪神甲子園球場の竣工した年
※
|
扁額付きの鳥居正面
※緑に染まった
参道ですね。
|
手水舎
※手水鉢
|
土俵
※相撲桟敷が在ったんですね。
|
おぼろ月 歩けばふれる 白れんげ
豊明明楽 句
※石段上って随神門
|
随神門からの拝殿舎
※百度石
|
左右に弓矢を持った随神
※
|
広い境内
※奉納石燈籠
|
狛犬
阿
※吽
|
山犬の様な狛犬
阿
※吽
|
立ち位置
左右が逆ですが…
今にも飛び掛りそうな姿!
※明治期銘
|
拝殿舎
※扁額も~
|
杯状穴?
|
境内摂社
御霊神社サン
※木彫も~
|
五社神社サン
※
|
透かし彫りでは無いですが~
※お隣は~
|
琴平神社サン
※円山川の水運~
気に成りますね。
|
燈台に似せた?
石燈籠
※
|
摂社状況
※随神門脇から~
|
本殿舎
※脇の小屋は~
|
神輿が保存されています。
前には~
※お走りさん(おはしりさん)は毎年4月中旬に兵庫県養父市で行われる養父神社の年中行事。
約1800年前から伝わる無形文化財である。お走り祭り。愛称は、お走りさん。
但馬に春を告げる祭りで養父神社を発した
約150kgもある神輿が練り歩きながら20km離れた斉神社にお参りにする。
「ハットー、ヨコザルカ」の掛け声をかけながら集落を巡り、
首まで浸かり大屋川を渡る「川渡御」(かわとぎょ)は勇壮果敢といわれている。
但馬三大祭りの一つとされる。
(Wikipediaより)
|
本殿舎は奇麗な檜皮葺ですね。
飾り瓦の唇には着色されてますかね?
※
|
本殿舎の木鼻や斗狭にも
透かし彫りが~
※
|
脇障子は唐獅子牡丹
※中井権次一統さんでは無いのでしょうか?
正面龍は見られなかった…残念!
|
猫の宮(鼠除け信仰とか)
※
|
養鯉の里なんですね。
※厳島神社サン
池には鯉が放されているとか。
|
奥に摂社 山野口神社サン
※
|
狛犬
阿
※吽
|
島下郡(しましもぐん)は、大阪府(摂津国)にあった郡。
嶋下郡と表記することもある。
1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、概ね下記の区域にあたる。
茨木市・摂津市の全域
吹田市の大部分(江坂町、円山町、垂水町、広芝町、
江の木町より南西および山手町・千里山西・千里山東の各一部を除く)
豊中市の一部(上新田・新千里各町)
箕面市の一部(小野原各町・粟生各町・彩都粟生南・彩都粟生北)
豊能郡豊能町の一部(高山)
701年(大宝元年)の大宝律令により三島郡が三島上郡・三島下郡の2つに分けられて成立した。
ほどなくして島上郡(嶋上郡)・島下郡(嶋下郡)と書かれるようになった。
和名抄では「しまのしも」と書かれている。
(Wikipediaより)
※
|
見事な透かし彫り彫刻
※
|
見事です。
※
|
脇にも~
※裏側は
少し残念~
|
みたらし石
※造台石
五代の孫
家系図?
|
お邪魔しました~
※紅葉の名勝
秋にも来たいですね。
|