古/いにしえの面影       其の一阡五百参拾五
怪しい親爺輪っぱの会
 別館 一人歩き編です。

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撮影日  2019年04月20日 金曜日
アップ日  2022年01月26日 水曜日

沖縄県うるま市与那城宮城((株)ぬちまーす)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)
宮城島(みやぎじま)は、沖縄県うるま市に属する島で、
沖縄諸島の内、与勝諸島を構成する太平洋の有人島である。
沖縄本島中部の東部海岸に突出する勝連半島北東約7kmに位置する。
宮城島は方言で「ナーグシク」といわれるが、同島の宮城地区と区別するため、
「ミヤグスクジマ」とも呼ばれる。
また宮城島は標高の高い陵丘を有する為、「高離島(たかはなりじま)」とも別称される。
『正保国絵図』には、「宮城嶋」、『ペリー日本遠征記』と『ペリー提督沖繩訪問記』には
「ハナディ(Hanadi )」と記載されている。
1623年頃に編纂された『おもろさうし』の「勝連、具志川おもろ」には、
宮城島に関係するおもろが3首あり、それらに見られる「みやぐすく」は、
宮城島もしくは宮城地区を指すと思われる。
(Wikipediaより)

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

この日は梅雨の走りの雨の中~



沖縄出光の油槽
沖縄出光株式会社(おきなわ いでみつ)は、
沖縄県で石油製品の販売などを行う出光興産グループの株式会社である。
前身の沖縄石油精製株式会社(おきなわせきゆせいせい)は
石油メジャーのガルフ・オイル(現、シェブロン)の傘下で石油精製を行っていた。
(Wikipediaより)



沖縄本島中部・うるま市の宮城島には、世界で唯一の塩工場とされる
「ぬちまーす観光製塩ファクトリー」があります。
ここは、沖縄の海から生まれた奇跡の塩「ぬちまーす」がつくられている工場。
沖縄の方言で「命(ぬち)の塩(まーす)」を意味するこの塩は、
圧倒的な透明度を誇る宮城島の太平洋側の海水のみが原料。
現代人に不足しがちなマグネシウムを一般の食塩の約200倍も含有するなど、
多様なミネラルに恵まれた高品質な食塩として人気です。
工場の敷地内には風光明媚な「ぬちうなー(命御庭)」もあり、
パワースポットやSNS映えスポットとして知られています。
(近畿日本ツーリストHPより)




ぬちまーす観光製塩ファクトリーでは、
沖縄の海から生まれた奇跡の塩「ぬちまーす」の
製塩工程を無料ガイド付きで楽しめます。
注目は、世界初の特殊製法「常温瞬間空中結晶製塩法」が
魅せる塩の雪景色。海の成分をまるごと結晶化させた塩が、
まるで雪のように美しく降り積もります。
(近畿日本ツーリストHPより)




沖縄の海が命の泉

※建物横には木造舟
サバニですと~

サバニ(鱶舟)は、南西諸島で古くから使われていた漁船の名称である。
琉球ではかつて丸木舟が造られていた。
高良倉吉(琉球大学名誉教授)によると、森林保護のため琉球王国が木板を張り(はぎ)合わせた
「ハギ舟」を奨励したことから、サバニが発達した。
糸満市では鮫(鱶)を指す「サバ」と、舟を意味する「ンニ」が合わさって「サバニ」と
呼ばれるようになったと伝承される。
フカヒレ採取のため鮫を追い回せ、暗礁や珊瑚礁がある浅い海域にも入り込めるよう、
小回りが効いて速い舟に改良されていった。
船底は厚く、舷側は薄く造られていたサバニは、網にかかった魚の引き揚げに便利で、
動揺・転覆時の復原性も高かった。
第二次世界大戦前は、日本統治下のサイパン島などに沖縄県のサバニ大工が渡り、
「南洋サバニ」を広めた時期もあった。
従来、サバニは漁で使われるだけでなく、日常の荷物運搬等に欠かせない生活の足でもあった。
近代ではこのほか、日露戦争時に露バルチック艦隊の船影を認めた5人の漁師が、
宮古島から通信設備を備えた石垣島までをサバニで漕破し、
その存在を伝えたとされる久松五勇士の活躍が有名である。
(Wikipediaより)



やはり持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖擦り合うも他所の縁~
いつまで知った景色が在るのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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